サン大淀キャンプ場

There's no clock in the forest. 

キャンプ場創設国際ワークキャンプ

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当時のものと思われる、おいずキャンプ場創設者、ロイド先生の肖像画。

1995

 

こちらは、わりと最近のロイド先生。現在はNYで過ごされています。


写真にあるメッセージの内容: 


友情、こころのリフレッシュ、そして、個々の成長のために。
次のことを心に留めましょう。
・祈り
・ワーク
・コミュニケーション

太陽の光が、おいずキャンプ場の地に、ありますように!

ジョン・ J・ロイド    1995年4月17日



ここでの「ワーク」は、キャンプ場での、各種ボランティア活動のことでしょう。また、英語の「work」には、「善行」という意味もあります。

おいずキャンプ場の設立には、米国人の学生ボランティアも参加しました。学生の代表者は、ハーバードを卒業したての、リチャード・ヴァンホーンさんという方です。近年、講演のため来日されていました。現在は、ロサンゼルス郡精神保健協会の「 会長兼CEO」を、されているということです。

車もろくにないような時代に(1961年)、海と松林しかないような日本の田舎へ、ハーバード大学などの学生ボ ランティアが訪れていたとは。ちなみに、日本の学生は立教大学からのボランティアが多い傾向にあったようです。ボランティアサークルというのが今もあるようです。 当時は、地元の小学校で夏休みの宿題を教える、という活動も行ったようです。そのためでしょうか、そのころを知る地元の人には、立教大学の印象が強いようです。


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前列、中央でカメラを持っているのはロイド先生です。


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第3回国際ワークキャンプの写真が一枚だけありました。左中央で何かを飲んでいるのは、ロイド先生の弟、B・ロイド氏。真新しいメインハウスの内部です。

1960c

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メインハウスの壁土をこねているところです。水道管も、スコップで穴を掘り、1kmにもわたり埋設したそうです。砂地とはいえ、かなりのものです。写っているのは、当時17才の筆者の父親、大学生の中で、唯一の、高校生での参加だったようです。

国際親善の中、日米の学生のべ5000人、5年間に渡るワークキャンプによりキャンプ場は建設されました。(多い日は、一日あたり60~80人の参加だったとのことです。)

5年間にわたり、3回のワークキャンプが行われ、第1と第3回が、米国人学生参加の国際キャンプです。今回の掲載は第2回の日本人によるワークキャンプの ものです。他の写真は、アルバムに入れられ、物置の奥深くにあるようです。現在探しています。




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