サン大淀キャンプ場

There's no clock in the forest. 

掲示板バックナンバー5


ポケモンGOリアル?!虫捕る子だけが生き残る

1.虫捕る子だけが生き残る
2.リアルな感覚を育むには、虫捕りが一番
3.「アナ雪」と虫捕りの関係
4.思い通りに行かない虫捕りが、子どもを育てる
・追記

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 1.虫捕る子だけが生き残る


「きゃー!こがねむしが背中に飛んできたー!」

「あそこにセミが!キャー!」
といった声が、都会(京都・大阪)から来ている人たちから、またもや聞こえてきます。
都会はあまり虫がいないようですね。慣れの問題ですので、とまどうのも分かります。
 
たいへんな本を見つけてしましました。


『虫捕る子だけが生き残る~「脳化社会」の子どもたちに未来はあるのか~』養老孟司 池田清彦 奥本大三郎 著(小学館101新書 2008年)



チョウの撮影などをしてみると、次に引用するようなこの本の内容が、よく分かります。撮影をしようと近づくと、チョウは逃げます。ただでさえ、どこへ飛ぶか分からないのに、少しの風で、チョウはあらぬ方向に流されてしまいます。

これでは、カメラを近づけるより、虫捕り網で捕まえる方が簡単そうです。

そうするうちに、自分とチョウ、双方が落ち着いてきたためか、中には、くたびれてきたチョウが出てきたのか、なんとか撮影できました。(自分で撮影したチョウの写真は、記事の最後に。)


 



 2.リアルな感覚を育むには、虫捕りが一番



(以下引用)

○カンがいいということ

(養老)今、なぜ、子供に虫を捕らせたほうがいいのか。その問題を考える時に、世間の皆さんに、ぜひ気づいてほしいことがあるんです。それは要するに、脳みそは総合なんだということです。言いかえると、脳の機能は回転なんだということ。
(奥本)なるほど。それで?
(養老)まず外界からの情報が感覚を通して脳の中に入ってきますよね。これがインプット。脳の中で計算して、考えて、その結果が肉体の運動として出ていく。これがアウトプットです。たとえば、今、ここにコーヒーカップがある。すると、まず「目の前にコーヒーが入ったカップがある」という情報が視覚を通して脳にインプットされる。脳で計算して、「しゃべり疲れたから、ちょっと飲んでみるか」と考える。その結果が、手をのばしてコーヒーを飲むという運動としてアウトプットされるわけだ。
(池田)入力した情報を脳の中で解釈して、出力するわけだ。
(養老)そしてコーヒーを飲んでみたら、「もう、ぬるいや」と感じる。すると脳は「もう一度入れ直そうか」と考える。そういう具合に、インプットとアウトプットが再入力されながら、ぐるぐる回っているんです。
(奥本)なるほど、回転ですね。
(養老)感覚→脳→身体→感覚……という具合に、情報をぐるぐると回していくことが、とても大事なんです。このことの重要性に気づいたのは、脳研究の世界でも、実は比較的最近のことなんですけどね。
(池田)再入力あるいは再代入するプロセスとして、脳を捉えるわけですね。
(養老)そうです。だから赤ん坊がハイハイすることは、たいへん大事な意味があるわけ。ハイハイした瞬間から、自分の手足を使って世界の中を移動するという、とても知的な作業が始まるんです。これが、脳の発育にとって、とても大きい。脳性麻痺の赤ちゃんの場合、かわいそうだからと歩かせないでおくと、言葉が出てこないんです。
(奥本)一歩動いたら、すべてのものの角度が変わってきますから。
(池田)赤ん坊の目に見えているものが変化していく。
(養老)でも、そういうふうに次々に変化していくものを全部覚え込もうとすれば、脳が壊れちゃうんです。情報量が多すぎる。それでどうするかと言うと、自分が移動することで違った世界がどんどん現れるけど、その世界は根本的には一つの同じ世界で、違うように見えているだけだというふうに、脳がまとめていくわけですよ。概念にまとめあげていく。
(池田)われわれが中学校で習う比例という概念も、同じようなことですね。
(養老)そう、相似とかね。あの比例という概念は、実はわれわれは、数学で教わる以前に理解しているんですよ。あれは要するに、同じものが、遠くでは小さく見えて、近くでは大きく見えるということでしょう。遠くにいると猫だけど、近くに来たら虎だったって報告できる人はたぶん存在しないんですよ。数学って、元来そういうものなんだと思う。感覚的には、すでに知っていることなんですよ。その感覚が優れている人を、「カンがいい」と言うわけ。
(奥本)ところが、学校でも役所でも、そのカンというものを認めない。数値化できないし、カタログデータ的に登録しにくいから。むしろ特殊なカンを持った子は先生に嫌われて落ちこぼれたりする。農協のトマトやキュウリと同じで、形のそろったまっすぐな、大きさも一定のもののほうが扱いやすい。規格外のものははじき出されるようになっている。
(池田)そういうカンのよさこそ、知的な作業においては最大の武器になるのにね。
(養老)そのカンを磨くには、小さい頃から再代入、再入力を繰り返して、脳をブンブン回さないとダメなんですよ。
(奥本)要するに、外に出て、自然の中で思う存分遊べということですね。
(養老)それしかない。そして、数ある遊びの中でも虫捕りがなぜいいかというと、それはほぼ理想的に脳が回転するからです。感覚から入って、計算して、その結果が運動として出て、出た結果が再入力される。虫を見て「いた」と思ったら、筋肉を動かして、捕まえて、自分で調べて、標本を作って、考えて、また虫を見て……という具合に、インプットとアウトプットが連鎖しながらくるくる回り続ける。
(奥本)しかも、虫の行動を観察して、次はこっちに飛んでくるから、ここで待っていて、こう網を振ると捕れるなと、一所懸命考える。
(池田)一生終わらない(笑)。やっぱり自然物を相手にしていると、面白いですよ。
(養老)子どもをまともに育てようと思ったら、とにかく戸外で、自然の中で作業させるのがいちばんいいですよ。人間はもともと、そうやって生きてきたんだから。いくら近代化したって、子どもは常に白紙で生まれてくる。近代的な世界の中で、子どもを育てた方がよくなるという実験結果は、どこにもないでしょ。

(引用ここまで)

『虫捕る子だけが生き残る~「脳化社会」の子どもたちに未来はあるのか~』(p.60~64)養老孟司 池田清彦 奥本大三郎 著
(以下、同書からの引用は、ページ番号のみ表記)
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座学では、入力ばかり、それも、概念の入力ばかりで出力がほとんどありません。せいぜいテストやレポートのみです。虫捕りでは、生きた現実が感覚を通して入力され、捕まえるためには、瞬時の出力が求められます。
入出力の連鎖が良いと言うなら、球技でボールを追いかけていても良いのか、ということになります。けれども、ボールがどれほど頑張っても、チョウのような、複雑な動き方はできません。やはり、本文のように、虫捕りほど、脳が回転するものはない、ということになるのでしょうか。



(奥本)スポーツ選手にも、虫捕りが必要だ(笑)。
(養老)まったく、そのとおり。
(p.78)



チームスポーツで、多人数の動きを瞬時に把握、予測してパスを出すなどは、高い脳の機能をもとめられます。ところが、スポーツは、グラウンドや道場といった、平らな場所で行うなど、さまざまに規格化されています。虫捕りは、環境により、足場も全く異なり、何があるか分からないということなどもあり、複雑性はより高いように思います。

一方、概念を身につけること(普通の勉強など)の、必要性についても書かれています。



(奥本)自然のない世界では、あらゆるものが概念化されちゃうんですね。
(養老)だから、今の子どもの頭の中には、概念ばかり詰まっている。
(池田)例外もありますが、一般的にはそうでしょうね。
(養老)子どもだけじゃなくて、大人もそうです。要するに、頭でっかち。
(奥本)大学教授が一番そうです(笑)。言葉だけで、実物を見る目がない。
(養老)まあ、ものごとを概念に括ることは、脳の機能として必要なことだし、社会的不適応にならないためにも大事なことなんですけどね。
(p.34)

(養老)コミュニケーションのための概念化の必要性は、認めざるをえない。
(p.38)


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 3.「アナ雪」と虫捕りの関係

「虫、キャー!」という声は、三重県内より来ている人からまで、聞こえてきました。

最近は、郊外に住んでいても、虫になじみの少ない場合があるようです。

この本の内容からすると、子供を習い事づけにしたりするよりは、虫などを捕らせていたほうが、ということでしょうか。習い事と言っても、楽器など、師匠の身体的な動きから学ぶものなどは、直観的な部分も大きいと思いますので、それほど単純ではないかもしれません。

このキャンプ場のワークは、枝集めなども、実際には、虫取りの面が多くあります。松の中にいる小さな虫により松枯れが起こっています。そのため、なるべく枯れ木を集めてキャンプファイヤーや、風呂焚きにした方が、松枯れの感染を防ぐことになるのです。


人気のある新生児の名前についての本によると、時代によって、長命を表す名前が多かったり、豊かさを表す名前が多いなど、傾向が見られるそうです。現代は、麻、穂、咲、陸、空、花、海、菜、桜等が多く、動物、植物、季節等の自然を表す名前が多くなっているようです。
これらには、「現代人は、自然を求めている。」という世相が表れているということです。


「現代人は、自然を求めている。」。
考えてみると、「どうぶつの森」などというゲームが流行っていたりします。
「アナ雪」についても、この映画の隠れた主役は、「雪(自然)」ではないのかと思えてきます。多くのシーンで、画面の大部分を占めているのは「雪(自然)」です。美しい雪(自然)の描写が、ヒットの秘密なのかもしれません。英語版(原題)は「Frozen」であり、やはり「雪(氷)(自然)」が中心のように見えます。(ここでの雪が何を表すかについては、書きはじめると長くなるので、カット。)

ジブリ映画しかり。音楽活動などもしていると、いまだに、ジブリ関係の曲で一番多くリクエストを受けるのが、「となりのトトロ」だったりします。
宮崎駿監督の言葉も引用しておきましょう。



「実際に子どもたちを取り巻いている環境は、私たちのアニメーションを含め、バーチャルなものだらけです。テレビもゲームもそれからメールもケータイもあるいはマンガも、つまり私たちがやっている仕事で子どもたちから力を奪いとっているのだと思います。これは私たちが抱えている大きな矛盾でして、「矛盾の中で何をするのか」をいつも自分たちに問い続けながら映画を作っています。でも同時にそういう子ども時代に1本だけ忘れられない映画を持つということも、また子どもたちにとっては幸せな体験なのではないかと思って、この仕事を今後も続けていきたいと思っています。」(宮崎駿監督「トトロふるさと財団」での講演より)
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バーチャルなものも、ほどほどに、と言っている点は、上記の「虫捕る~」の本と同じようです。

このように、日本を代表する著名な方々が述べておられることから、キャンプ場としましても、何かしてみよう、ということで、「虫捕り」企画を考えています。虫捕りが、これほどありがたいものと分かったからには、行った方が良いでしょう。



(池田)虫捕りは子育てに必要なんですけどねえ。教育の大家に、そう言ってもらう必要がある。
(奥本)養老さん、お願いします(笑)。
(養老)虫捕りは子育てに必要です(笑)。
(p.16)

 

書店で、「小人探し」というのを見かけました。あちこちに貼られている小人(虫の形をしている)の絵を10人(匹)以上、探し出して見つけたら、カードか何かもらえる、というものです。イオン内の書店ですので、全国的に行っていたのでしょうか。
これをヒントに、リアルに行ってみよう、と考えています。アミや虫かごなど、道具は無料貸し出し。自然が相手ですので、見つからなくても、全員に豪華参加賞がもらえる、ということにできるよう計画中です。

ちなみに、「どうぶつの森」の中にも、虫捕り遊びがあるようです。本物の虫を捕まえた場合では、家に持って帰るかどうかは、「おうちの人とよく相談して決めましょう。」ということになるのでしょうか。

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 4.思い通りに行かない虫捕りが、子どもを育てる


下の写真はアゲハチョウです。秋に小鳥が実を食べに集まり、野鳥の会の方々に大人気のイヌザンショの木。夏には、アゲハだらけになっていました。
写真のナミアゲハのほかに、アオスジアゲハも少し。合わせて7、8匹のアゲハが小ぶりの木に集まるさまは、ほとんど幻想的です。木がこのようになっているとは、これまで気づいていませんでした。うれしい発見です。

虫は無理でも、チョウなら大丈夫、ということもあるようですので、チョウの写真を撮りました。

虫に親しみ、虫捕りを楽しみ、虫へのいつくしみの心(?)を持つようになるには、何歳ぐらいから虫に慣れる必要があるのでしょう。小学校低学年まで、13歳ごろまで、あるいは20歳までに虫になじんでいないと、後からでは難しい、とさまざまにいわれています。

古来、日本人は、清少納言をはじめ、都の人でも虫に親しんでいたはずです。



(養老)昔の日本女性はそれなりに虫も好きだったんだよ。清少納言とかね。
(奥本)すずむし、ほたる、まつむし、こおろぎ……。秋の虫の音は日本文学の重要なモチーフです。『源氏物語』にだって、虫はいろいろ出てくる。
(p.14)
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それでも近頃では、「チョウも、ガも、違いが分からない。」という人もいるかもしれません。そうした場合は、以前、ヒヨコの記事で引用した「自分の壁」にあるように、虫捕りのかわりに、身近な草木の観察や、あるいはキャンプ場でのワークなどを行っても、同じ効果が得られるでしょう。上に引用したp.64にも、「自然の中で作業」と書かれています。


野鳥の会の方などは、虫捕り趣味の人が、鳥のエサである虫を捕ってしまい困る、と考えるようです。一方、虫好きの人は、鳥というのは、貴重な、めったに見つからないような虫でもかまわずムシャムシャ食べてしまう、とんでもない、と思うそうです。
キャンプ場のイヌザンショの木を見ていると、そうした人間側の思惑とは別に、夏にチョウにより受粉・結実した実を、秋に鳥が食べて運んで、また別の場所に芽を出す、というように、自然の中では、木、虫、鳥は共存共栄の関係にあることが分かります。


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追記

虫捕りなどをしていると、虫に犠牲が出るのではとのご心配もあるかもしれません。
掲示板には未収録の部分を、こちらには載せておきます。
 


「虫捕る子だけが生き残る」(第1章 虫も殺さぬ子が人を殺す)
養老:近頃は、虫を殺さないから人間を殺しているんだよ。
池田:虫も殺さぬ顔をして、人を殺しちゃしようがない。
奥本:やっぱり、ピクピクしている虫を持ったときの、あの感覚が大事なんだと思う。生き物の感覚。その経験がまったくない人は、加減ができないんじゃないですか。
池田:そうなんだ。虫をつかむときは加減がいる。うんとちっちゃい虫を捕まえるとわかると思うんだけど、ぎゅっとつかんだら潰れちゃうし、ゆるくつかんだら逃げちゃうし。その加減って、すごく大事なことでしょ。今の若い人たちは加減がわからない。
養老:どこまで力を入れたら骨が折れちゃうとかね。感覚として知らないんですよ。
(p.22)
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奥本:もう一方の批判、つまり個体数を減少させるなと言う人たちには、こう言いたい。一頭殺したら一頭減ると言うけれど、昆虫の場合は旺盛な繁殖力がらくらくとカバーします。一頭捕っても、卵を何百も産む。自然破壊さえしなければ、いくらでも回復するんです。鳥類や哺乳類だと、そうはいかない。
(p.28)
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